Concept


2013年5月の出来事です。

今からまだ9ヶ月前、
それまで、全くとは言わないまでも走る機会なんて無かったし、「マラソンを人生の生き甲斐」みたいに感じて取り組むなんてことはありませんでした。

それが、たまたま知人の誘いで、「100kmウルトラマラソン」に、出場することになりました。

何となく断れず、ノリで決めてしまった100kmウルトラマラソン。
42.195km フルマラソンも走った事がなかったのに。しかも、大会まで2週間しか時間がない!
走る事に無知ながらも、何とか30kmくらいは通して走ってみたりしました。
しかし、人は急に変われるわけでもなく、不安を残しつつ、当日になりました。

走る基礎よりも、
「どんな格好で走るか」
「どんな曲を聴きながら走ろうか」
大会までに準備できたのは、せいぜい初心者には見えない位の格好で、音楽なんか聴きながら、「100kmなんて余裕だね」と言わんばかりにイヤフォンをして、 “如何に100kmを、飽きないで走れるか”…。そんな程度でした。

42.195kmを無事通過し、60kmまでは良いペースで走れたんです。ペース配分も、補給の仕方も知らないのに。

しかし、70km地点を超えて、急にペースが上がらなくなりました。音楽で誤魔化せない、痛みが体をはしる。立ち止まり、走れず歩いたり。そこに、沿道のオーディエンス、他のランナー、そして仲間達の声が聞こえてきたんです。

「頑張れ!」
「頑張れ!」

それまでも聞こえてはいたんです。しかし、自分の調子のいい時にはイヤフォンをしているし、耳に入ってこなかったんです。心にその言葉が“届く”ことはなかったんです。

今まで散々耳にしてきた、たった4文字の言葉。
今まで散々口にしてきた、たった4文字の言葉。

その時、
「頑張るって、こんなに大変なんだ」
「頑張れって、こんなに勇気をくれるんだ」

僕はその言葉のおかげで、一歩、また一歩と足を進める事ができました。気付けば制限時間ギリギリ。
「あと少し、もう少し!」
ゴールは見えていました。数字にすれば、普段は家からコンビニまでの何てことない距離も、その時は本当に遠く感じました。

走って、歩いて、休んで、また走って…
そして、制限時間2分前、14時間18分で、僕の初めての「100kmウルトラマラソン」は終わりました。

僕は、100kmというとんでもない距離を、制限時間が決められている中で、まさか“走る”なんていうおかしな挑戦を通じて、大切なことに気付きました。だから、もっとやりたいと思ってしまいました。さっきまでは死に物狂いで走って、「もー当分走りたくなーい」なんて言って、疲れ果てていたのに。気付いたら“次”を考えてしまっていたんです。

“人ってそんなに簡単に変わらない” でも、もうそこには100kmを走るまでの自分とは違う自分がいました。
「100kmいきなり走れちゃったんだから、次は日本縦断かな!」
なんて、調子に乗って決めてしまいました。

昔からすぐ調子にのるクセがありました。たまたま出来た事に、「あれ?実は俺って凄いんじゃない?」なんて、自分の実力を過信してしまう。
でも、「やらない後悔より、やって後悔する方がいい」そう思って、みんなにすぐ言いふらしたりして。
決めたらそこから楽しいアイディアがたくさん浮かんで、「あの人にも会える、あそこにも行けるね」。
普段なかなか会えない日本各地に散らばった友人にも、「走って会いに行けばいいじゃん、ついでだし」。
そう考えました。

もしフルマラソンが最初なら、次に決して“日本縦断”なんて発想にはならなかった。自分の限界を無意識に作ってしまっているのは、他でもない自分や、いわゆる常識なのではないでしょうか?

日本縦断は3300km
東京〜大阪がおよそ500kmなら、たいした問題じゃなくなる。このことに、おかしなマラソン大会を通じて気付いたんです。

そして、僕はこの偉大な4文字の言葉「がんばれ」という言葉を届けたいし、また支えられたいと思ったので、少しでも多くの人にこの日本縦断を知ってもらおうと思い、旗を作りました。
ブログを作りました。
名刺も作りました。
情報をどんどん発信しようと決めました。
そうしたら、協力してくださる方がたくさん集まってくれました。

「うちに泊まれよ!」
「友達にも面倒見てもらえるように言っておいたから!」
「途中一緒に走るよ!」
「会いに行くから、乾杯しよう!」
「このルートより、こっちの方が道も広いし走りやすいよ!」

本当にたくさん、たくさん…

シューズを提供してくださったメーカーさん
ウェアをサポートしてくれたメーカーさん

100kmを走る前とは、全く別の自分の生活がそこにありました。

これからおよそ80日間、たくさんの素晴らしい出会いが待っています。せっかくですから、もっと出会いたいです。そして、この日本縦断に関わってくれた方々を、僕がまた繋げていきたいと思っています。それは本当に様々な可能性に満ちていると思います。日本縦断という“場”で、新しいモノを生み出せると感じています。

でも、これは仕事でもなく、日本を舞台にした“遊び”だと思っています。日本縦断が成功したら、次は“世界一周だね”と言いたいです。
そう考えれば、日本縦断3300kmなんてまた小さなモノに見えてきます。この感覚は何にでも言えることだと思います。

「自分の限界は、自分で決めてはいけない」by 本田圭佑(ACミラン)

それを伝えるためにも、感じるためにも、今回の日本縦断を成功させるためにご協力をお願いします。

2014年2月26日
鈴木健司
Kenji Suzuki